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夫馬賢治さん著書【ESG思考】のまとめ①

2020 9/19
夫馬賢治さん著書【ESG思考】のまとめ①

「ESG投資」というのは数年前から聞いたことがありました。

正直、そのころはSDGsバッチおじさんのように
(SDGsの中身知らないけど、とりあえずバッチだけつけとくか!な、おじさん)

外面のものなのかな、と思って、特に勉強せずに、関心もありませんでした。

けれど、かなり勉強になった&考え方も根本から覆ったので

ぜひとも多くの人に読んでもらいたいなあと思っています。

下記、自分への読書メモです。

目次

第1章 環境・社会を重視すると利益は増えるのか

まず、いちばんはじめに経済認識が4つあると夫馬さんは考えます。

ESG思考より。

「環境、社会のことを考慮すること」を軸にし、
それらに対して、

  1. オールド資本主義
    利益が減るから反対する
  2. 脱資本主義
    利益が減っても賛成する
  3. ニュー資本主義
    利益が増えるから賛成する
  4. 陰謀論
    利益が増えても反対する

この4つの立場は、過去20年間でダイナミックに変化を遂げてきた。
最も大きな変化は経営や金融の主流にいた勢力が、オールド資本主義からニュー資本主義へと立場を転身させたことになる。

この転身をもたらした新しい考え方を、「ESG思考」と名付けた。

第1章 ひとこと まとめ

ニュー資本主義は、【環境や社会を考慮すると利益も増える】という新しい思考。

わたしは、個人的にずっと、脱資本主義的な思考をしていたので

【環境や社会のことを考えること】と【経済成長】をどう天秤にかけていいのかわかりませんでした。

環境や社会はお金よりも大事だ。
でもいまのこの社会で生きていくにはお金も大事だ。

社会性もお金もどっちも大事だけど、今の社会はお金のほうに偏っているんじゃないかな。
と思っていました。

なので、この第1章を読んだ時点で
「ああ、世界はもう、環境や社会を考慮するから利益が増える、という思考に変わっているんだ。
自分が考えていた、環境や社会を考慮して利益が減るのは仕方がない、というのは昔の考えなのだな。」
と気づかされました。

第2章 オールド資本主義の時代はいつ終わったのか

  • 1990年代の世界にはニュー資本主義のは影も形もなかった
  • 1995年WTOが国際的な自由貿易を促進するための国際機関として誕生
    →関税や非関税障壁を一斉に撤廃していこうという気運が盛り上がる
    →反グローバル運動もはじまる
    (労働組合、環境団体、農家、学生、左派政党)
  • 1997年ナイキ不買運動
    (ナイキは自社で工場は持たず、ブランドとマーケティングのみを管理
    生産は外注先の企業に委託する経営するスタイル
    →製造を委託するインドネシアやベトナムの工場での劣悪な長時間労働、低賃金労働、児童労働、強制労働)
    →1999年についに激突!
  • 1990年代まで世界各国からのアフリカ諸国へのODA総額は200億ドルほど
    2007年には企業FDIが500億ドルを突破
    企業のグローバル投資がODA(海外からの経済援助)を上回る
  • アンナは国連が直接企業と接点を持ち、国連と企業が対する場を設けた
    →MDGs(発展途上国への援助、国連の公式会議での承認)
    国連グローバル・コンパクト(企業に対し自主的な呼びかけ)
    →いまのSDGsの前進だけれど、そのころは別々だった
    国連が直接企業と接点を持ち、国連と企業が対話する場
  • 2000年頃から日本ではCSRの登場
    →オールド資本主義の中で得た利益の一部を「倫理的に」還元していこうという思想が広まる
    ⇔経団連の意向に沿う形で社会貢献活動が定着。文化活動や地域活動が中心。
    本業とは関係ない分野に寄付するほど純粋な社会貢献度合いという暗黙の感覚
  • 2000年代の前半には、日本と海外の大手企業は、ともにオールド資本主義の経済認識をもっていた
第2章 ひとこと まとめ

サステナビリティへの関心や動きは約30年前からある。
とはいえ、2000年代前半は日本も海外もオールド資本主義

サステナビリティへの関心は、最近になってはじまったことではなく、
そこにはもう30年近くの「歴史」があって、その「歴史」の中に自分も生きているんだと思いました。

ナイキの不買運動も、まさにいまのアパレル業界で問題視されていることが原因だけれど
それがそのまま20年前に問題になっているのは知らなかった。。。

しかも、ナイキってまさに、いま環境問題に取り組んだ活動をしている企業。

それから約30年。。。

いい方向に向かっているのではないか…!?と思えました。

IDEAS FOR GOOD
製品の75%に再生素材を使用。ナイキが進めるサステナブルなイノベーション | 世界のソーシャルグッドなア...
製品の75%に再生素材を使用。ナイキが進めるサステナブルなイノベーション | 世界のソーシャルグッドなア...年齢や国境を越えて楽しむことができ、私たちのココロもカラダも健康にしてくれるスポーツは、まぎれもなく人類が生み出した偉大な発明の一つだ。 しかし、私たちがスポー...

そして日本のCSRについても納得、というか、、、苦笑いでした。
中高生のときにはじめて「CSR」という言葉を勉強した気がするけれど、
そのときからなんか、「やらせ感」というか、

会社は社会のためにあるのに、本業とは関係ない社会貢献活動って
なんかしっくりこないよなあと学生ながら思っていたけど
まあ、実際にそうだったんだ(笑)という感想。

なによりも、

「サステナビリティ」にも歴史がある。
ここ数年のことではない。

というのはとても大きな学びでした。

第3章 ESGとともに生まれたニュー資本主義

3章からいきなり、よくわからなくなってきたので
(自分の知識不足を痛感)

ゆっくり、整理しながら読んでいきました。。。

  • 投資家の存在が大きくなった
  • 「アングロサクソン資本主義」
    米国・英国で典型的にみられる資本主義
    株主利益>人員削減、雇用不安定、賃金の成果主義、自己責任、「小さな政府」
  • 投資家とは?
  • 世界の資産
    →3割年金基金、保険会社(=機関投資家)★一般の人から
     3割資産100万ドル以上の個人(=ファミリーオフィス)
     3割資産10万〜100万ドルの個人(=リテール投資家)★一般の人から
  • 全体の三分の二は★一般の人から→運用会社が運用している

その株主が誰かと辿っていくと、結局は一人ひとりの一般の人に行き着く。
我々は自覚することなく株主になっており、この資本主義社会の推進者として機能している。
したがって、株主、利益の最優先を誰が最も求めているかというと、一部の富裕層ではなく、一人ひとりの労働者ということになる。
これが資本家の正体であり、資本主義の本質だ。

うーん、途中まではわかるのです。
一人一人にが資本主義に加担している。

でもわたしたち一人一人が「株主優先」を望んでいるか…はどうなのでしょう。。。

社会的責任投資(SRI)とエコファンドブーム
①酒、たばこ、ギャンブル、ポルノの排除
→1920年代のアメリカのキリスト教財団の広まりから
②武器製造とアパルトヘイトの排除
→1960年代のベトナム戦争から
③エコファンドの登場
→1990年代から1992年の地球サミットの開催により
環境破壊に評判のある企業には投資しないエコファンドが
アメリカ、イギリス、北欧などではじまる

日本では…

1999年日本第一号のエコファンド投資信託
「日興エコファンド」を個人投資家向けに設定
その他運用会社も、
・環境破壊の評判のある企業を投資除外
・雇用、社会貢献活動で優れた企業を積極投資
1999年〜2001年の3年間だけ

2001年のITバブル崩壊
・ITバブルとは関係ないにしても、
基準価額が急落しているタイミングでその投資信託を購入しようとは思わなかった
・管理費用が高かった
・普通のファンドではやらない、「環境配慮状況」「社会貢献活動」の内容を調査、吟味。
スコア化する人件費、外注費用

追加コストを上回る高いリターンを出せばよかったけれど、それもできず
「エコファンドは儲からない」になった

ここから導き出される結論は、やはり当時の状況では、環境や社会貢献に配慮することは余計であり
利益に寄与しないので配慮すべきではないという、オールド資本主義の思考が強かったことだ。
投資パフォーマンスが高いという鳴り物入りで登場したSRIファンドとエコファンドは、日本ではブームとともにさった。

・アナン
(2000年に政府、国際機関、NGO向けにMDGs
企業向けに国連グローバル・コンパクトをつくった人)
2006年に「国連責任投資原則(PRI)」をつくる
→国連がはじめて資本主義の本丸である機関投資家を対象にした活動
創設者は①国連グローバル・コンパクト②UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアチブ)
→署名機関に年次報告の義務、SRIではなく「ESG投資」という言葉が使われるようになる

UNEP FI
(→経済成長と環境保護の両方を目指していた団体。資金が必要→
最初は銀行向けに署名活動、それから保険会社も巻き込む)
2003年に誕生したUNEP FI(議論や研究の場)
→「社会、環境、コーポレートガバナンス課題が株価評価に与える重要性」レポートだす

それまでは環境、社会課題を考慮すれば投資パフォーマンスは下がる
→環境、社会課題を考慮すべきではないという思想
考慮することで投資運用利益が最大化できることを機関投資家に示さなければならない
→レポートで示す

「環境・社会への影響を考慮すると利益が増えるので、
環境・社会への影響を考慮すべき」というニュー資本主義の誕生

50署名機関でPRIははじまる
(機関投資家!)

運用資産総額は2兆ドルを超えるスタート(世界の運用総資産全体からしたら雀の涙…)
本当にリターンがあるのか半信半疑
日本はエコファンドの失敗から前向きではなかった

第3章 ひとこと まとめ
  • 日本では、エコファンドがきた数年後にITバブルがあり、浸透しなかった
  • そしてその頃から、世界の機関投資家たちの間では、
    環境、社会に考慮すると利益があがる。というニュー資本主義が誕生していた。

なんで、日本は海外に比べて、

環境問題の意識が低いのだろう…
そこへの投資の意識が低いのだろう…

と思っていましたが
ここあたりから、じわじわとその差が広がってきたのだと思いました。

エコファンドが上陸したものの

  • ITバブル崩壊でそれどころではない
  • かつ、エコファンドは普通ファンドでは不要な、人件費や外注費用
  • 追加コストを上回るパフォーマンスもあげられなかったため、
    「儲からない」というレッテル
  • それ以前のCSRもやらされ感

他にも要因はあると思いますが

様々なことから、このエコファンドブームにのれなかった日本。

逆に、ここのチャンスで世界と同じような動き、または、同じではなくとも、

エコファンドは儲からない。というレッテルが貼られなければ、

いまの日本はもう少し変わっていたのかなと思ったり。。。

そしてここの章ではじめて「機関投資家」という言葉が出てきて、

こんな感じでした。。。


機関投資家って言われても、うーん、、、想像すらつかない。。。(笑)

とりあえず、めちゃくちゃ大きなお金を動かす人が2003年から、

環境、社会を考慮していこう、そんなことを言っていただなんて…

世界は前にすすんでいたんだなと感心しました。

第4章リーマン・ショックという分岐点

2000年代中盤いろいろ良かった
・シアトルで勃発していた自由貿易推進政府とNGOの対立なくなる
→資本主義によって、途上国は豊かになっていた、期待感
・世界的にも景気よい感じ

2008年9月リーマン・ショック

ショック後日本欧米
失業率4%→5.5%4.4%→10%(アメリカ)
総利益80%減少90%減少
ショック後の対応徹底したコスト削減(四半期決算義務化)←タイミング悪
「会社に貢献しないコスト」CSR予算削減
CSRの役割が大幅に拡大

大企業のサスティナブルな対応

2009年ユニリーバ
・環境認証の一つ「レインフォレスト・アライアンス認証」取得
・「ケージフリー卵」
・二酸化炭素25%削減

2007年ウォルマート
・「サステナビリティ360」の行動計画の宣言

2008年ネスレ
・ネスレCEO
「当社が長期的な事業の成功を作り出すためには、株主価値と社会価値を同時に創出しなければならない」

2008年スターバックス
・コーヒー豆の調達、脱プラなど長期的な目標設定

「サステナビリティ」は企業自身にかかわる話ではなく、企業の外側にある地球環境や地域社会の話と理解していた。

経営陣は企業そのものの「サステナビリティ」に不安を覚え始める。

リーマン・ショックがいきなり世界中の金融機関を襲い、会社が持続可能でなくなったかのように、自分たちが気づいていない、見えていないリスクがどこかに潜んでいるのではないか。

リーマン・ショックで大量のリストラ→社会的な信用も失う
社会からの信頼を取り戻さなければ企業として生き残れないと再認識し
社会価値と環境価値を高めつつ、同時に株主価値を追求しなければならないという考え方に自然と行き着いていく

CFOも省エネ・省資源をすすめることは長期的なコスト削減につながるという感覚をもつようになった。
→CFOがサステナビリティへの意識を持ち始めたことは、企業経営において大きな変化

こうして、環境や地域社会と共存した上で企業を存続させ利益を拡大していくという「サステナビリティ経営」の考え方が、欧米のグローバル企業では、誰から強制されることもなく、自然と息づいていくことになった。
それは2006年に機関投資家がPRIの中で打ち出したESG投資とまったく同じ方向を向いていた。
リーマン・ショックを機に、欧米の機関投資家とグローバル企業は、サステナビリティ経営とESG投資という2つの翼を手にし、ニュー資本主義へと大きく羽ばたいていった。

第4章 ひとこと まとめ

リーマン・ショック後に決定的な差がではじめた
世界→企業自体がサスティナブルでなければならない(環境、信頼)
日本→目の前の利益に集中

この章は、震えました…

世界はまさに、この時期、サスティナブルに飛び立っていったのかーーーーー🐣

ここでギュイーンと日本との差がでてきたのか。。。

  • そもそもエコファンドは儲からないという思想(ITバブル崩壊要因)
  • やらされのCSR
  • 四半期決算義務で短期間な利益追求
  • リーマン・ショックで短期間な利益追求

そしてなによりも、この時期から世界の大企業は
環境問題への提言をしていたのには驚きました。知らなかった。。。

スタバも10年以上前から、脱プラ言っていたのね😲

こうして、環境や地域社会と共存した上で企業を存続させ利益を拡大していくという
「サステナビリティ経営」の考え方が、欧米のグローバル企業では、
誰から強制されることもなく、自然と息づいていくことになった。

この、誰からも強制されることがなく、自然と息づいていくことになった

っていうのが本質的だなあ〜と思いました。

やっぱり、日本のSDGsバッチおじさんって、誰かが言うからとりあえず感が否めなくて(笑)

頭ではなく、誰から言われたわけではなく

ちゃんと腑に落ちて、

環境、社会のこと考えなきゃ、そもそも会社はつづかない」という考えができなければ、

結局、目先のESG、SDGsになってしまうのではないかなと思いました。

(いや、そもそもESGもSDGsも長期思考な考えなので、目先のESGって時点で矛盾している)

でも逆に、海外ではなんでそんなに本質的に考えられるのか、と考えたときに、

アメリカはそう思わざるを得ないぐらい企業の信頼も落ちていたからなのかなと思いました。

そう考えたら、

それぐらい、日本も痛い目あったほうが気づくのかなあ(苦笑い

と思ったり。。。

まとめ:サステナビリティにも歴史がある

思った以上におもしろく、勉強になり、感心させられる著書でした。

そのなかでも、自分の中の大きな気づきは

サステナビリティにも歴史がある。ということです。

ここ数年の出来事ではなく、ここ10年、20年の

国、企業、機関投資家、の個々の小さな積み重ねがあったのだなと思いました。

そして、その歴史のなかに、世界と日本となぜ差が出てきてしまったのか

という要因も知ることがでてきてよかったです。

まだ完全には理解しきれていないので、何回か読み返していきたいと思います。

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