高橋一也さんの【古来種野菜を食べてください】を読んでみた。

読んだ本

warmer warmerの高橋さんは

雑誌かなんかで、なんとなく見たことあって

京都の恵文社に行ったときに、本を見つけて買ってみました〜

 

僕がお付き合いしているのは一般的な流通に出荷できる
規模ではなく、量も取れないし規格も揃っていない。
地域のスーパーにさえ並ばず、自家用につくられているもの。
地元の人たちに聞いても、知られていない。
なぜ僕がこの野菜と付き合っているのかというと、
途絶えてしまうのがイヤだから。
そして何より、美味しいから。
個性があって面白いから!
古来種野菜には人々が「種」をつないできた、たくさんのストーリーがあるんです。

 

warmer warmer  高橋さんって?

 

㈱キハチアンドエスにて調理師として働く時に「有機野菜」に出会い

その後、ナチュラルハウスに入社、後に取締役に就任。

3.11をきっかけにwarmer warmer として独立。

 

warmer warmerでは

古来種野菜(固定種・在来種)の販売事業の構築、有機農業者の支援

次世代のオーガニック市場の開拓を主に活動されています。

 

その独立を決める時のことも詳しく書いてあったのですが

なぜでしょう。感情移入しすぎたのか、その時のことがすごく想像できたせいか

読んでる途中で涙が出てきてしまいました。

久しぶりに読んでも、なんだか泣ける。

これまでの農家さんたちとのつながりの中で、
どうしても大事にしたい野菜たちのことは手に取るようにわかった。
そんな種や野菜のことを見過ごしてこのまますごしていくのは、
なんか、いやだ。どうしても、いやだ。
だから「たかが種」という言葉を胸に、独立することを決めた。

 

ぜひ、その前後のにあったことも読んでみてほしいです。(泣)

有機農業の歴史、世界のオーガニック意識

 

この本では、

有機の歴史とか、日本と海外のオーガニックに意識の違いについても書かれていて

それまであまり知ることがなかったので勉強になりました。

 

 

19960年代〜高度経済成長

どんどん人口が増え、都市への人口集中

→そのためにも大量生産、周年供給、輸送
誰でも、どこでも、いつでも、どんな品種の野菜でも栽培できることが必要
→生産〜流通までの一連の流れを効率化、画一化

1964年 東京オリンピックによりいろんな野菜を輸入、食の洋食化

→在来種、固定種からF1種が主に使われるようになる

 

1966年 「野菜生産出荷安定法」

→14種の野菜について指定生産地を決めて流通量を調整していく仕組み
→国が大規模農業を推進した
(同じダンボールの中に同じサイズの野菜を入れたほうが効率いい)

 

 

いま出回っている野菜はF1種がほとんどだし、

規格が決まってたりするのも、こういう歴史があったのだな、と。

少なくとも、F1のおかげでわたしたちの「食」は豊かになったし

「食」が効率化したこによって、他の生活も豊かになったはず。

農業にもいろんな問題があるけれど、その問題のはじまりはなんだったのか

って知ったら、なんかそれはそれで仕方なかったのかなと思いました。

 

 

それとなるほどなあ〜と思ったのが

世界と日本のオーガニックの意識です。

 

ボトムアップで施行されたアメリカやヨーロッパの認証制度

に対して

トップダウンで施行された日本の認証制度

が象徴的であるように

欧米は消費者側から、もっとオーガニックなものを!と求める声があるのに対して

日本はまだまだ遅れているそう。

これはたしかになあ〜って思いました。

 

また

日本は「オーガニックな暮らし」は人が真ん中にいるスタイル。

オシャレ、ステキ、都会的。

でも本来はそのスタイルを超えたとこ

環境の中に人がいる。

ってあって、それをした図です。笑

わたしは世界のオーガニックの実状はわからないけれど

たしかにヨーロッパって既にそういう価値観をそれぞれ個人が持っているのかなと。

 

在来野菜を守りたい≠F1種の否定

 

高橋さんが普通の八百屋さんとちがうのは「古来種」という種を守りたいっていう想い

 

僕らの祖先が食してきた野菜たちは、その文化のすべては、
自然の摂理の中で育まれてきたもの。だからわざわざあれこれ理由を言わなくても
ただ単純になくなったらいやなんだ。
その、なんとなく、いやだなってところに理由なんていらないよね。

本当にこの一言につきると思う。

 

そして古来種野菜(在来種・固定種)の話になると

それを守るために、その逆にあるF1種を否定、敵扱いする人がでてくる。

でもこの本で高橋さんはそれらを否定はしません。

 

F1種の技術はすごいと思っているし否定なんで全然できない。
農家さんたちが安定した収入を考える上では、現在、その存在は不可欠。
そして、戦後の食糧難を乗り越えたこと、現在の食料を供給し続ける上でも
僕らを支えていることは事実だしこの状況がいますぐに変わることはない。

 

 

わたしもこの本を読んだ当初はF1種についてあまり知らないくせに

よくないものだ、なんていう安易な考えをしていたんですけど

そんな安易な否定ってできないなって思うようになりました。

 

また印象的だったのが

野菜の改良はそもそも愛
戦中、農作業する人が激減、
食べたいものを食べられなかったからこそ
家族、子孫にもっとおいしい野菜をたべてもらいたい
→そして生産量を増やすことを選択
それがいまにつながる化学肥料、農薬、大規模農業になっていった

 

固定種、在来種を守りたいっていう人からしたら

それこそ品種改良ってその逆にあるものだと思ってたのです。

固定種、在来種は改良されずずっとそのままあったものだから。

でも、その改良も愛と話す高橋さん。

野菜愛がすばらしいなとただただ思ってしまいます。

 

そんな想いがたくさん綴られていて、野菜や種に対する愛がたくさん感じられました。

 

 

読んでわたしが思ったこと

 

 

独立される前から、されてからのこと

有機農業の歴史や、海外との比較、

在来野菜のことなど、一冊の中にたくさん学ぶことがあって

勉強になる一冊でした。

 

共感することも多かったけれど、それより勉強になることが多かったです。

本のタイトルは古来種野菜というタイトルだけれど

オーガニックとか有機のことについても書かれていて

そういうのに興味ある人にもいいんじゃないかな、とか思いました。

 

ミコト屋の本を読んでも感じたことは

やっぱりこういう八百屋さんが増えてくのはもちろん

もっと流通のことを消費者に知ってもらわなければならないなと思いました。

 

消費者が得る、農家さんとか農業の話ってネットからが多いから

有機に対立した慣行、F1種に対立した固定種在来種

っていう図が出てくるのではないかなと。

消費者は理想ではなく現状や実状を、もっと知る必要があると思いました。

送料の問題とか、ファーマーズマーケットとか。。。

 

 

そんな中でもわたしが一番印象的だったのは

そんな種や野菜のことを見過ごしてこのまますごしていくのは、
なんか、いやだ。どうしても、いやだ。
だから「たかが種」という言葉を胸に、独立することを決めた。

 

ただ単純になくなったらいやなんだ。
その、なんとなく、いやだなってところに理由なんていらないよね。

 

というところ。

知識とか経験の情報量もすごい人なのだろうとは思うけれど

それと同じぐらい、その感覚がいいなあと思いました。

なんかいやだ、とか、なんとなくいやだという感情が何度か書かれていて

そういう気持ちとか想いって、もう理論的にどうとか、科学的にどうとかの問題ではないなと。

いやなものはいやだから笑

 

いい意味で、なんとなくいやだ、で決めていいことあるんだ。とか勇気づけられました。笑

(それまでの、経験知識は必要だろうけど)

でもそれぐらい止められない想いがあるんだもんなあ〜

本当に野菜愛がつまった一冊なのでした。

300ページと割と長いので、本当に野菜のこといろいろ知れると思います!