エシカルとかオーガニックとかについて最近思うこと。

身のまわりのこと

 

 

最近ありちゃんのインスタに

こんな投稿があがってました。

 

 

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熊本から東京に戻りました、きのうの熊本は大雨でびしょびしょ、きょうの東京は寒くてこごえる🐕🐕 どこの地域も、みなさまどうか体調にはお気をつけて!わたしは夏のあいだ暑くて断念してた朝白湯を再開したのできっと大丈夫💪🏻💪🏻 熊本では、来春に開催が予定されているTGC熊本と熊本大学の連動企画に参加。わたしからはエシカルファッションについてお話させてもらいつつ、みんなでTGC内でのコンテンツを考える、という時間でした🌼🌼 熊大のみんなの朗らかさに、雨も忘れてたのしく過ごした☺️ そして、めぐりめぐってこんな風にTGCとの接点が生まれる不思議さ…! こんな流れで言うのもあれですが、最近“エシカルファッション”という言葉をわたしはもう使わなくてもいいかなとか考えている。もちろんとても大切な考え方で、だけどまだまだマイナーで、毎日誰もが必ず着るであろう“服”というものとの付き合い方を考えるきっかけとしてこれからもチカラを発揮していくとは思うのだけど。 おっきな言葉でいろんなものがいっしょくたになってしまわないように、ちいさなうつくしいものが飲み込まれて見えなくなってしまわないように、他にも伝え方を探さないとな〜〜と!思う次第です!(髪色も秋になりました)

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最近“エシカルファッション”という言葉をわたしはもう使わなくてもいいかなとか考えている。
もちろんとても大切な考え方で、だけどまだまだマイナーで、
毎日誰もが必ず着るであろう“服”というものとの付き合い方を考えるきっかけとして
これからもチカラを発揮していくとは思うのだけど。
おっきな言葉でいろんなものがいっしょくたになってしまわないように、
ちいさなうつくしいものが飲み込まれて見えなくなってしまわないように、
他にも伝え方を探さないとな〜〜と!思う次第です!

 

最近わたしの考えていたことと

なんか重なるところがあったので、なんとなく。。。

 

 

 

わたしも食べ物とか着るものとかの

大量生産、大量消費による、環境問題とか労働問題とかは

見てみぬふりができないなと思って、関心を持ち始めたのが4,5年前。

多分、そのままじゃこの地球はなくなるし

知らないとこで誰かが悲しんだり苦しんだりするのはなんか嫌だな

って思って、自分のできる範囲で買うものも選択するようになった。

 

それはコトバにすれば

いわゆる、

オーガニック、エシカル、持続可能、サスティナブル、フェアトレード、、、とか

そういう類のものを選択したいってことになるんだけれど

最近、そういうコトバもあまりしっくりきていない自分がいたりする。

それは、多分、おそらく、

 

 

多様すぎて、そのコトバだけでは表現できないものがある

 

 

からなのではないかな、というわたしの考察。

 

そのコトバだけでは表現できないものがあるし、100%は存在しない。

 

 

果樹、野菜の農薬、化学肥料の話。

例えば、果樹って難しいらしいのです。

野菜は無農薬とか化学肥料不使用でも栽培はできるみたいだけど

果物はそれが本当に難しくて、その木を絶えさせないために農薬をまくこともあるみたい。

木が終わったら、もうその果物はできないから

その農薬を使うかどうかで、その果樹農家さんの未来も変わる。

でも一回つかったら無農薬っていえないよね。

 

野菜の話でも、本当は使いたくはないけど、

その年だけ病気とか虫が発生したから仕方なく使うとか。

でもそしたら無農薬、って言えなくなる。

でもそれを、生活にして食べている人に、それを使うわないでと言えるか。。。

 

 

 

服のことに関して言えば、

本当にエシカルな服ってコットンで作られるよう。

(この辺、勉強中なんでこれからまた調べますが)

わたしはあまり服が何から作られてるかまでは意識したことなかったんだけど

スローイング・ダウン・ファッションという映画で

石油からできた服は土に返らないっていうのを知って

本当に、本当に地球のこと考えたら、石油ではなく土から作られたものがいいのかなと。

でもそのコットンを栽培するためにもTシャツ一枚に何万リットルっていう水を使う。

えー、でも水も大事な資源じゃん!って思って、、、

 

なんかそんなこと考えはじめたら

100%のオーガニックとかエシカルなんってなんなのかわからなくなってきた。

 

 

 

あと、最近教えてもらったお話。

イタリアの有機農業の栽培面積は全体の14%。

それに比べて日本は0.5%。

日本とヨーロッパのオーガニック事情って違うし

普通に比べたら、規模も意識も日本の方が劣っている。

日本もヨーロッパを見習わなきゃ!って思ってたけど

そもそも、ヨーロッパの方が有機穀物の割合が多いし

単純に数字だけを並べて比べられない。

根本的に、ヨーロッパは一度自然を壊してきた歴史があるから

自然に対する反省の気持ちが根底にある。

日本やアジアは自然と共に生きてきたからそもそもの思想がちがう。

 

というのを教えてもらって

やっぱり、それまでの歴史も思想も違うから

いっしょくたんに比べたらダメなんだなあ〜って思ったり。

 

つまり、いろんな問題は多様なのです。

それを一つのコトバだけで表現するのって難しい。

 

 

 

そのコトバの外にあるものだって、たいせつ。

 

 

ありちゃんとも仲良しな

レベッカブティックのえるちゃんが好きなんです。

この投稿がとても印象的なのです。

 

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載せるか迷ったけど。 読んでもらえるなら最後まで読んでほしいな。 . . これ。よくみてほしいです。何か分かる? これは床に積まれた服たち。衣服でできた山。これが奥まで、どこまでも続いてるの。今回のアメリカバイイングで一番インパクトに残った場所です。 . . 涙が出るくらいの衝撃だった。 私はもう、服なんてつくらなくて良いと思った。こんなに余ってるのにどこにつくる必要があるの?大量生産しなきゃいけない意味って何?って。 . 底なしの服服服。まだまだ着られる服服服。 誰かが欲しくて手に入れたはずの、適当な服たち。それが積み上げられてできた山の上によじ登り、vintage itemが眠っていないか慎重に掘り出す。正に"掘り出し物"。 見つかる時は良いけれど、なかなか見つからない時間が1分以上続くとその度にとてつもない吐き気に襲われた。なんだよこの量、馬鹿かこのやろう、とか思いながらどれも同じに見える似たような服たちを掴んではどかした。 . こんなに広い土地に、こんなに服がある。 その大半が意味も価値もないような服。 報われずに横たわる布の塊。 ここでは、服は枚数すら数えられずに重さで管理される。ほとんどが機械で圧縮されて積み上げられていて、その内容を確認することはできない。圧縮の有無についてどういうルールがあるのか知らないけど、圧縮されていない服たちは私たちのような者が見れる。 そしてその中に時々、私にとって価値のある服が紛れている。vintageのワンピースやスカート。気持ち悪いくらいある意味のない服の中にあるそれらを見つけるミッション。 たくさんのスペースを訪問したけれど、ここまで凄いのは初めて見た。これは見なければ絶対にわからない感覚だけど、なんかもうとにかく気持ちが悪かった。人生で一番の吐き気だった。 . . 私はブランドをつくる前の夏、飽和した服で飽和した世界を見た。白いTシャツに黒いガウチョパンツ。個性だの着こなしだの言う奴らが、制服のように隣の人と同じ服を着て安心した顔で自信あり気に歩いてる。 ここは、そのサイクルの終点に近いところだと感じた。でもここは、もっともっとずーーーっと飽和してる。たまらない気持ちになりました。 . 私は最初から言っているけど、改めてこういうところに対して戦いたいです。小さな日本の小さな東京の小さなお店にできることなんてたかが知れてるかもしれない。でもそれくらい微力でも、誰に何を言われても、必ずこの課題に立ち向かっていたい。 ただ可愛いものをつくって、市場のニーズだなんだと言って似たようなものをつくって、でも個性がほしいとかなんとか言って珍しそうなものをつくって、そんなことしかできないなら今すぐこんな仕事やめてやるんだ。 高い服だけが価値のある服じゃない。意味のある服は、物語のある服は、価値のある服になる。私がつくりたいのは、それです。 意味を感じる服、物語を知ってる服、それは必ず大切に着る服になる。簡単に捨てられない服になる。手離す時が来たとしても、次に大切にしてくれる誰かに渡る措置をとるはず。そういうものがつくれないなら私がブランドをやる意味なんて1つもありません。 きれいごとと思われたっていいんだ。 言えないよりも遙かに良いと思ってる。 . この場所に来れて良かったな。きれいに並べているところで買い付けするだけじゃ絶対にわからなかった。 . ちなみに!バイイングで行くのはこういうところだけじゃないよ。vintageが好きな人なら他のバイヤーのバイイングの様子とかSNSで見たことあると思うけど。きれいに並べてあるところやカテゴリ分けされてるところだってある。日本のモードオフみたいなところもある。 . 繰り返しになるけど、この場所に来れて良かった。人生を変える光景というか私にとっては色々な気持ちが確信に変わる体験だったように思います。 思い出す度にまだうっすら気持ち悪くなるけど、この気持ちは絶対に忘れたくないな。できればLEBECCA boutiqueのメンバー全員に見てほしい光景。私の言葉で伝わるかはわからないけれど… 帰ったら一生懸命伝えたい。 . 私たちが今のタイミングでブランドを立ち上げて、今この状況で服をつくり、原宿という場所から発信するということ。これがどういうことなのか毎日しっかり向き合うことこそが私のやるべきこと。 意味のないただの生産や販売になるなら、そんなことのディレクションをするなら、私にできることは"今すぐやめること"しかない。1つでもそういう服屋が減るほうがこの考えに沿っているからね。 でも、今はやめることよりもできることがあると思います。 意味のある服。価値のある服。 私が服屋でいる限り、LEBECCA boutiqueを続けられる限り、絶対に諦めないでいたい。 . 可愛いものだけにいいね!を押してる場合じゃないよな。反感をくらいそうな投稿だけど、いいかな。 . セカンドハンズという英語をつくった人はすごいな。 意味のある服を、価値のある服を、選ぼう💐 . 毎度毎度あつくて長ったらしくてごめんね。でもここまで読んでくれている人が1人でもいてくれれば私は嬉しいです。 . #レベッカブティックのこと

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えるちゃんがプロデュースするレベッカブティック。

一枚の服を大切にする想いはすごく伝わってくるし

一枚、一枚を大切に大切に着続けてほしいって想いがある。

いまはエブリデニムのお二人とも全国をまわって生産者のもとにも

自ら足を運んでいたりもする。

でもそのレベッカブティックの服そのものは

エシカルというコトバには当てはまらない。

レベッカの服はmade in china だし、素材もコットンなんかじゃない。

 

でも、えるちゃんのところから服を買いたいって思う。

つまりそれは、食でも服でも大切に作られた想いとか過程が大切で

それを食べる人、使う人の想いとそれを好きって気持ちが大切なわけで

そういうオーガニックとかエシカルというコトバでくくられないものがあるから。

 

 

なにかを表現するときに、そういうコトバがあるのは指標として見えやすいしわかりやすいけど

でもそれだけにとらわれないものも、あるよね。

って最近思うのです。

 

具体的に環境にいいよ、自然に配慮しているものだよ

というのも大事だけど

それと同じぐらい、その商品に込められた想いとか背景とか

そういうのも大事だと思うから。

だから同じように、いっしょくたんに

オーガニック、エシカル、というコトバだけでくくるのは

なんだかなあ〜と思いはじめたのです。

サードウェーブ系と言いましょうか。

でも、そうくくられるのもなんだかな、という感じなのです。

 

 

 

だから、なんかそういうコトバが最近しっくりきていない模様。

たしかにそうなんだけど、それだけじゃないし

その一つのコトバだけで表現しきれないよねっていう。

 

まあ、わたしなりにゆる〜く、ふわ〜と

なんかそういう系のものをすきでいるけど

まあ、あんま厳格にならないぐらいを極めていきたいと思いますねん。

 

 

 

ちなみに、今年の梅酒ができましてん。

梅はなんかわからん無農薬の梅と

なんかわからん果実酒用のリキュールと

オーガニックでもない氷砂糖だけど

まあ、それぐらいゆるくてええやん。

っていうのをゆるく、ながく続けてゆきたいねん。

という、エセ関西弁。